スーパーマーケットは人生交差点
人が流れるように、入っては去っていくスーパーマーケット。
「人材が流れて通り過ぎるから、流通と書くのだ」と、うまいこと言っているのか、言っていないのか、よくわからない名言を残した方もいらっしゃいました。
辞めてから随分時間が過ぎましたので、個人の特定できない範囲で記録させていただければ幸いです。
夜間店長は会社経営者
「いやあ。会社は形式上で、ただのアパート経営者だよ」
代々農業に従事されていたご一家ですが、宅地開発の波が押し寄せ、先祖代々の農地も道路や宅地に姿を変えました。ご両親の引退とともに、ご自身も農業から引退。残った農地を数軒のアパートと貸駐車場に変えたそうです。
「じゃあ、働かなくてもいいじゃないですか?」
「いやいや、何が起こるかわからない。子どもが卒業するまでは、働かないと」
悠々自適に見えつつも、やはり土への思いは強いようで、青果売り場で担当者と話している姿も。時期になると、自家菜園で採れた野菜をいただくこともありました。
夜の街から夜のレジへ
多くの夜間レジは大学生や高校生のアルバイトたちで成り立っていますが、正社員とアルバイトのシフトをつなぐように、夕方から閉店数時間前までレジに入るパートさん。自分の親世代でしたが、綺麗な容姿でありながら明るくて気さくな女性。
この世代のパートさんは、遅くても夕方までのシフトが多かったので、「どうして、このシフトで働くんですか?」
と、世の中の酸いも甘いも知らない田舎の若造の、空気が読めない質問に笑顔で、「昼間より夜の方が、性に合ってるのよねぇ」
どうやら某都市の繁華街で、長らく夜のお店を営んでいたものの、お父様の死去を機にお店を若い子に譲って、お子さんと2人で実家に戻ったと、サクッと話してくださいました。
思い返すと、「性に合っている」と仰っていましたが、家事とお母様の介助もあったうえ、昼間より自給が若干高く、なおかつ、お母様とお子さんと2人で遅い夕食を一緒に食べられる、ギリギリの時間帯があのシフト勤務だったような気もします。
「何とかなるわよ」が口癖でした。
のめしこき旦那
「なんで、そんな人と結婚したのよ」
当時でいう「できちゃった婚」が分かっているのに、あえて聞くパートさんもパートさんですが、パートナー選びを間違えると、良くも悪くも人生は大きく変わってしまうものです。(おめでた婚が悪いという意味ではありません)
結婚を機にチェッカーから生鮮へ移動した彼女。どうやら夫の稼ぎが思わしくないようで、少しでも時給のいい生鮮へと申し出たそうです。
途中経過は細かく書けないので大幅に割愛しますが、後にお腹の子どもの性別がわかると、義理の両親が離婚を認めず、籍を残したまま実家に戻られました。
笑顔が絶えない人だったので、何でこんなことになるのだろうと。
今ではきっと、良い息子さんに育っていると願っています。
息子夫婦と同居を機に
もともと別の地域で、惣菜店を営んでいたご夫婦。年齢を重ねたこともあり、お店をたたんで、息子夫婦の同居と合わせてこの街へ移住。奥様は還暦過ぎとは思えないほどお元気で、まだ働きたいとの意向もあり、パート面接に。即戦力ということで、当時としては異例の高齢雇用となったわけですが、商品知識も豊富で、お客や従業員からも親しまれて人気者に。
「やっぱり、商売がお好きなんですねぇ」
「店はいいわね。若い子も多いし。家にいると、頭がどうにかなりそうで」
ふと、漏らした本音でしょうか。確かに、長年続けた仕事をやめたうえに、知らない街で息子夫婦と同居するのでは。仮に仲が良かったとしても、かなりの負担ですよね。
彼女にとって、仕事は生きがいだったのかと。
兼業農家の嫁として
新潟の田舎では、田植えと稲刈りの時期に週単位で休暇を取る兼業農家の方がいます。正直、店舗に残された者は大変ですが、米どころの地域性を考えると、それも地域への貢献。同じ食物を扱う人間として、奉仕と使命感を持って、シフトの穴を埋めるわけです。
トラクターを乗りこなし、社員として朝から晩まで働く彼女。出社前には田んぼや畑を見回り、帰宅後は家事や次の収穫準備をこなし、若いときには子育てもこなした働き者。軽トラックで出勤する姿が印象的でしたが、ある日、何を間違ったのか、荷台に柴犬を乗せたままご出勤。
「〇〇さん!荷台に犬が乗ってますよ!」
「あ!降ろすのを忘れてた!」
畑の見回りついでに、犬の散歩もしていたという。
「ウチのは番犬にもならない、役立たず(吠えない)だから大丈夫よ」
お客が通り過ぎるたびに、しっぽを振っていた柴犬。
今ならクレームものでしょうが、かなりのどかな時代でした。