劣等社員から見る人事異動
人事異動の時期は企業によって異なりますが、一つとして新店のオープンにともなった移動は注目されるようです。誰が新店の店長となるのか、青果の主任は、鮮魚の主任は、畜産の主任は…。辞令の時期になると、いろいろなうわさが流れ、また自分が呼ばれるのではないかとソワソワすることも。
「俺は移動してきたばかりだから、今回は関係ないな」
「もう〇年も移動していないから、そろそろかなぁ」
「新店だけは行きたくないなぁ。胃にも心臓にも悪いよ」
「どうやら、〇〇さん。店長昇格は確実らしいよ」
新店は精鋭ぞろい?
もっとも、新店への移動については「売上を取ってやろう!」「成果を上げてやろう!」と向上心満々で従事している、社員の鑑のような存在ならまだしも、基本的には人手不足の新店に、わざわざ望んで行きたい人はそう多くないようで。もっとも、向上心の無い私のような人間には、新店へのお呼びはかかりませんでしたが、やはり一度はピカピカの新店へ赴任したいなぁとの思いが、頭の隅に無いわけではなかったです。
そして、新店配属の面々を見ると「ああ…、やっぱ精鋭ばかりだなぁ」と。
そりゃ当然です。そもそも生まれ持ったセンスもない凡人が、努力もせずに精鋭になんてなれません。
おおむね、向上心の無い私のような人間は、本部から遠い古参店の、ベテランパートさんでガッチリ固められている店舗への移動となります。そんな環境下でも、自分なりに目標を立て、売り場も試行錯誤して作って頑張るのですが、私が赴任した月を境に、売上と利益率が線を引いたように落ちていると、なんだかなぁって落ち込みます。
いいところ、新店の応援要員として、参加する「店舗見学」程度のほうが、私にはちょうどよかったのかと。
バイヤーとともにバリバリ売り場を仕切って、指示を出して切り盛りする精鋭の姿を横目に見ながら、バックヤードの端っこで、ひがな一日、豚ヒレブロックをひたすらトレーに詰めるわけです。せめて、輸入牛のカルビくらい切りたいなぁと思っても、それは中堅の主任に課せられるわけで、和牛のスライスなんてベテラン主任の仕事。ヒレブロックの空き箱を倉庫に捨てに行った後、帰りの通路で迷子になって、またひたすらヒレをトレーに詰める、その繰り返しです。
もちろん、自分の店に戻れば、和牛でも輸入牛のカルビでも切りたい放題ですけど。
売上で見れば、オープニングセールの目玉商品であるヒレブロックは主役です。そう考えれば、私の貢献度は大きいですし、ヒレ売り場に群がるお客様の姿を見ると本当に嬉しくなりますが、売り場を切り盛りする、将来を嘱望されたエリート候補集団にはかないません。
と、こんな悲観的なことばかり書いている時点で、結果は見えていますね。
羨んでいる暇があったら、自店の数字をもっと上げろよと。
しかし、古参店は人材の宝庫
とはいえ、劣等社員…いや、新米主任や新入社員にとって、古参店は良い教育現場であり、先生も多いです。まあ、若い彼らから見たら、単に怖いお局やおっかないパートさんにしか見えませんが、後になって感謝する部分も少なくはないのかと。
店舗にもよりますが、先人たちによって築かれたマニュアルや習慣など、新店では到底、学べない知識や技術の宝庫でもあります。研修実習だけでは補えない接客に対してのコツを、長年のベテランパートさんが教えてくれるわけです。まあ、中には「見て覚えろ」的なお方もいらっしゃいますし、悪しき習慣も残っているかもしれません。
加えてベテランはパートさんだけではなく、お客様もベテランぞろいです。
「この街にお嫁に来てから、もうずっとここに通っているわ」
「子どもの頃は、この店しかなかったからなぁ」
「この店は昔、こんなものも売っていたのだよ」
「この時期、この辺にはこんな習慣があるんだよ」
もはや、古参社員ですら知らない過去を教えてくれるわけです。また、お客の立場でありながら細かい売れ筋も知っており、下手なコンサルタントのクリニックより勉強になります。
確かに、新店は輝いて見えますが、何十年も積み上げてきた歴史にはかなわないのかと。もっとも、あのピカピカの新店も年月が経てば、この古参店と同じようになるのですが。
そして、古参店は実家のようでもある
さて、新店のオープニングセールも終盤。
夕方のピークが過ぎて、応援要員は外の休憩テントで一服して解散。
新店の心地よい香りただようピカピカの店内で、特価品を買って店へ戻るわけです。
日が暮れた市街地に、ぼんやりと輝く我が店舗。
くたびれた外観と、すすけた薄暗い搬入口。羽虫が飛び交う看板や殺虫灯。
売り場にはいつものバイト君たち。
甘い脂の香り漂う、薄暗い照明が灯る見慣れたバックヤード。
サブ君はすでに帰宅し、プリンターに置かれた引継ぎメモと明日の開店準備の指示書。
たった一日、応援で店を開けただけですが、とても懐かしい気持ちになります。
こんな古びた店舗でも、いとおしく思えるわけです。
「どうだった?新店は」
同じ劣等鮮魚主任が、缶コーヒー片手に声をかけてきます。
「まあ、新店は新店ですよ…」
私にはピカピカの新店より、古参店がお似合いだったようです。